今回は、東京都北区「豊島(としま)」の地名の由来についてご紹介したいと思います。
東京都北区豊島は北区の中だけでなく、東京都と埼玉県、神奈川県川崎市や横浜市の大部分を含む旧武蔵国の中でも最も古い地名だと言われています。
【国道122号線(北本通り)沿いの王子消防署付近交差点】
その古さから、地名の由来は不明ですが、741年(聖武天皇の頃)には既に豊島の名があったということが確認できる文献があるそうです。
【豊島五丁目団地(UR)】
この地は、武士(豪族)の豊島清元(清光)氏が治めており、源頼朝に重用されたこともあり、その所領は豊島・足立・多摩・児玉・新座の諸郡にまで及んでいました。
【北区豊島と足立区新田に掛かる「新豊橋」】
豊島氏の館は、現在の清光寺(北区豊島7-33-5)付近にあったとされており、この清光寺も豊島清元が開山したと言われています。
【新豊橋から墨田川を挟んで豊島の眺望】
明治22年に市制町村制施行されると、豊島は王子村の大字となり、その後、昭和7年の王子区の成立にともなって王子区豊島町となりました。